微生物に支配される人間の脳

2023年05月01日 07:00

ネコとトキソプラズマとネズミの関係

2022年(令和4年)全国犬猫飼育実態調査によると、ペットの猫飼育頭数は883万頭です。

飼育率は10%程度にあたりますが、飼育している方はトキソプラズマという原虫がネコの寄生虫であることをご存じでしょう。

感染したネコの糞便中にトキソプラズマが排泄され、ネズミがその糞便を食べるとトキソプラズマに感染します。

するとネズミは活発になって危険を恐れなくなり、さらに、ネコの尿の臭いに惹かれて近寄ってしまう。

この現象は以前から知られていましたが、そのメカニズムが解明されました(GL Cromar et al, PLoS Neglected Tropical Disease. july 20,2022)。

トキソプラズマは免疫細胞を介して感染したネズミの脳の神経伝達物質ドーパミンを亢進させます。

するとネズミは大胆で過活動になり、危険行為も厭(いと)わず天敵のネコにも平気で近寄ってしまいます。

ネコはトキソプラズマを介してネズミの脳を乗っ取り捕食しようという作戦です。

ヒトでもトキソプラズマ感染が及ぼす様々な現象が報告されるようになりました。

① 反射神経が鈍くなるのと同時に、リスクを恐れなくなるため、交通事故にあう危険性が高まる。

② 感染者の自殺率は、非感染者の7倍になる(2012年「精神臨床医学誌」)。

③ ビジネススクールの学生は感染者が1.4倍も多く、しかも感染していたほうがビジネスの成功率は1.8倍に高まる(2018年チェコ)。

このようなヒトの体内に潜む微生物が、ヒトに影響を及ぼす現象がいろいろわかってきました。

脳腸相関

最も研究されているのはヒトと腸内フローラです。

腸内フローラって何?

お腹の中のお花畑?

腸内フローラとは腸内の細菌が集まって複雑な集団を構築している様子のことです。

興味深い例として挙げられるのは、ボストンマラソンを走り終えた選手の糞便をマウスに移植するとマウスの運動能力が向上するという研究です(J Scheiman et al, Nature medicine,25:1104 2019)

マラソン後のランナーに腸内細菌Veillonellが特異的に増殖し、運動で生じる筋肉の老廃物の乳酸を餌とし、プロピオン酸に変換することが明らかにされました。

プロピオン酸は骨格筋の機能向上にとても重要な物質です。

さらに、腸内フローラの作る物質が脳に働きかけて、運動する気を起こさせているという次のような現象が明らかになりました(Science 378:1157, 2022 16 December)。

① 運動量の多いマウスに抗生物質を与えて腸内フローラをなくすと、神経伝達物質ドーパミンが低下して運動量が減少した。

② 運動量が低下した腸内フローラのないマウスに、健康マウスの糞便を移植すると運動量が増える。

③ 腸内フローラが作るエンドカンナビノイドという生理活性物質が、脊髄神経を介して脳のドーパミンを活性化させるとマウスが活動し始める。

このように脳と腸が互いに情報を交換し影響を及ぼし合うことは脳腸相関と呼ばれ、その関係には腸にすみつく腸内細菌が関与していることが分かってきました。

「トキソプラズマや腸内細菌によってわたしたちのやる気が支配される」

何とも言えない不思議な気持ちになりますが、支配されるなら善玉菌にされたいものですね。

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